2012年7月30日月曜日

friendly fire


Illustrated by Kazuhiro Kawakita


 friendly fireのカタカナ読みは「フレンドリー・ファイア」だが、友人と囲むcamp fire(キャンプファイア)やbonfire(焚き火)の類ではない。ここでのfriendlyは「味方」、fireは「発砲」を指す。つまり、戦場での味方の発砲による同士討ちを意味する。軍隊の用語で、enemy fire(敵による発砲)に対する言葉として生まれ、fratricide(兄弟殺し)と呼ばれることもある。実体を誤解させるweasel word(イタチ言葉)だ。
 この言葉が注目を集めたのは、2001年の9.11中枢同時テロを機に、愛国心に燃えて陸軍の特殊部隊に志願した米プロフットボール(NFL)カージナルスのスター選手、パット・ティルマン氏の戦死が、敵との戦闘によるものではなく、実はfriendly fireよるものと分かったからだ。ティルマン氏は2004年4月、アフガニスタン戦線に従軍して死亡。当初は、作戦チームのリーダーで、自らの命を犠牲にして仲間を救ったとして銀星章(Silver Star)を贈られ、英雄的行動を称えられたが、国防総省は2007年3月27日、同氏は仲間の過失によって死亡したと発表した。
 friendly fireは、“Fog of War”(戦場の混乱した状況)下で、作戦のミスや敵と味方を取り違えるなどの過失によって起る場合と、意図的なmurder(殺人)とに分けられる。
 疑心暗鬼を生み、部隊の士気に壊滅的な打撃を与えるのは、もちろん殺人の方で、軍隊の俗語ではfragと呼ばれる。fragmentation grenade(破砕性手榴弾)の頭の4文字を取った言葉で、ベトナム戦争のときに、恨みのある上官を戦闘に紛れて殺すために、指紋が残らない手榴弾が頻繁に使われたことに由来する。1969年から73年までの戦争で、少なくとも600人の米兵がfragging incidentsで殺され、さらに1400人の不審死が報告されている、とテキサスA&M大学のテリー・アンダーソン教授(歴史学)は述べている(2003年3月24日付シカゴ・サンタイムズ)。ベトナム戦争でのfriendly fireによる死者は8000人、戦死者全体の14%にも上ると推定されている。
 その後、fragは影を潜めるが、friendly fireの被害は跡を絶たない。1991年の湾岸戦争で戦死した米兵148人のうち35人がfriendly fireによるものだったと国防総省は報告。2001年以降のアフガニスタン侵攻やイラク戦争については、これまでに「少なくとも2dozen(24人)の米兵が、その被害者となった」(ABCニュース)という。
 だが、friendly fireの実態は、米軍の情報統制下にあって、遺族でさえも〝検死証明書〟を受け取って初めて知るにすぎない。実際、ティルマン氏のケースでも、遺族は死後1カ月たってから真実を伝えられた。彼の母親のメアリーさんは、ワシントン・ポストのインタビューに対して、「彼ら(軍の人間)が後々までウソをついていた事実には、吐き気がする」と語っている。The Sankei Shimbun(April 15 2007) 「グローバル・English」はこちらへ