2012年7月6日金曜日

cash incentives


Illustrated by Kazuhiro Kawakita


 cashは「現金」、incentiveは名詞で「励み」とか「報奨金(物)」。cash incentives(複数形に注意)は「現金報奨」といったところ。つまり、「カネをやるからガンバレ」という意味。カタカナ読みは「キャッシュ・インセンティヴズ」。
 incentiveの語源は、ラテン語のincentivus。元の動詞はincinereで「駆り立てる」という意味。経済学の用語として、日本でも「動機付け」とか、「インセンティブ」とそのままで使う。cash incentives自体はどこにでもあり、珍しくない。だが「子供が学校に来て勉強したら現金をやる」というのは、米国独自の発想ではないかと思う。
 ニューヨークのブルームバーグ市長は2007年6月、anti-poverty program(貧困対策プログラム)の一環として、学校への出席率が低くドロップアウトも多い市内の貧困層に対し、小学生から高校生を持つ家庭に、子供の出席率が95%になれば1カ月最大50㌦の報奨金を出す方針を打ち出した。さらに高校では、州の統一試験に合格し進級すれば最高600㌦、卒業すれば400㌦のボーナスがもらえるという。新学年度の同年9月から市内70校で実施し始めた。このプログラム全体は“Opportunity NYC”(ニューヨーク市のチャンス)と呼ばれ、大富豪の市長自ら私財を投じたほか、ロックフェラー財団などが資金を提供している。
 その後、このプログラムは“‘Learn & Earn’ payment program”(〝学んで稼ぐ〟支払いプログラム)と称され、他州にも急拡大している。
 だが、教育上の賛否は大きく分かれる。USA TODAY(2007年8月17日付)は社説で、報奨金の提供方法を慎重に、という条件付きで賛成。理由は、富裕な家庭の子供たちは、よい成績を取ればご褒美に小遣いをもらったりするので、cash incentivesは、すでにまかり通っているというわけだ。一方、心理学者のバリー・シュワルツ・スワースモア大学教授は、“The assumption that adding incentives always helps is false.”(動機付けを加えることがいつも有効である、と考えるのは誤りだ)と疑問視する。学ぶことにはそれ自体喜びがあるはずだが、カネを与えるようになれば金儲けが目的になる。一時的には出席率もテストの成績もよくなるかもしれない。だが、報奨制度がなくなれば、学習意欲はなくなるだろう…。
 ここで思い出すのは、米国の行動心理学の草分けであるB.F.スキナー(1904~90)が行なった「スキナー箱」の実験だ。内部のレバーを押すと自動的に餌が出る仕組みになった箱に、ネズミを入れる。ネズミはレバーに飛びつくと餌が得られることを知り、その行為を繰り返すようになる。だが、餌が出ないようにすると、ネズミはレバーに飛びつくのを止めてしまう…。
“Yes, it’s very sad that education has come to this. ”(そう、教育がこんなことになってしまったのはとても悲しいことだ)The Sankei Shimbun(September 9 2007)「グローバル・English」はこちらへ