2012年1月7日土曜日

mutt


Illustrated by Kazuhiro Kawakita


 muttは、アメリカの俗語で「雑種犬」。カタカナ読みは「マット」だが、uは「アッ」と詰まる音。似た発音に敷物のマットがあるが、こちらはmatと綴り、カタカナ読みは「メァット」。
 民主党のオバマ氏が2008年11月8日、大統領当選後初の記者会見で、「当選したらホワイトハウスで子犬を飼う」と2人の娘に約束したことを披露。“This is a major issue.”(これは大事な問題)としたうえで、どんな犬を飼うかについて、“Our preference would be to get a shelter dog. But obviously a lot of shelter dogs are mutts like me.”(棄てられて収容された犬が欲しいが、そういう犬の多くは雑種だ、私と同じでね)と答えた。
 オックスフォード英語辞書(OED)によると、muttの語源は、mutton-head(ヒツジの頭)で、もとは「バカ」「うすのろ」を意味し、転じてmongrel(雑種犬)を指す蔑称になった。その反対はpurebred(純血種)。ここで、オバマ氏は、自分自身の“pedigree”(血統、家系)に重ね合わせて、ジョークを言ったわけだ。
 オバマ氏は、自伝“Dreams from My Father”(邦題『マイ・ドリーム』)に、両親が“a black man and white woman, an African and an American”(黒人男性と白人女性、アフリカ人とアメリカ人)であると書いている。この黒人と白人のmixed blood(混血)を指す言葉にmulatto(ミューラット)がある。語源は、スペイン、ポルトガル語のmulato(a small mule=雄ロバと雌馬の子、ラバ)であるとされ、やはり蔑称である。
 19世紀後半の奴隷制廃止運動に抵抗した人々は、20世紀半ばまでmiscegenation(異人種間の混交、混血)に反対し、禁止する法律を全米各州で成立、施行させた。この法律は1967年に連邦最高裁で違憲判決が出るまで残存。激しい人種差別のなかで、黒人に対する差別は、黒人と付き合い、結婚する白人に及び、“Nigger lover”、“Dirty Yankee”と罵られ、差別された。
そして、mulattoの生まれを背負った人々は、白人の世界にも黒人の世界にも受け入れられず、悲劇の死を遂げるといった物語が、tragic mulatto(悲劇的なミューラット)として注目を集めた。だが、オバマ氏は、 tragic mulattoはもはや「亡霊」に過ぎず、“The tragedy is not mine.”(私の場合は悲劇ではない)と述べている。
 さて、ニューヨーク・タイムズ(11月6日付)は、“The Klan Chimes In on Obama”(Ku Klux Klanがオバマに調子を合わせる)と報じた。KKKは白人至上主義の秘密結社で、黒人排斥運動の急先鋒として悪名高く、今も活動を続けている。だが、興味深いのは、トーマス・ロブ代表の言葉。オバマ氏を“the country’s first mulatto president”(わが国初のミューラットの大統領)と呼び、大統領当選は決して黒人の勝利ではない、と強調したことである。The Sankei Shimbun (November 23 2008)