2012年10月28日日曜日

school bullying 人間はどこまでも卑劣になれる

Illustrated by Kazuhiro Kawakita


 schoolは「学校」で、bullyingは「いじめること」。school bullyingは「学校でのいじめ」。カタカナ読みは「スクール・ブリィング」。米国でもこの言葉が普通名詞化しているのは、いじめが教育現場で深刻な問題となっているからだ。
 動詞のbullyは、more powerfulな(より強い)者がweaker peer(弱い仲間)をverbal harassment(言葉でのいやがらせ)やphysical assault(肉体的攻撃)などでtormentする(苦しめる)ことを指す。学校でのいじめは、手口としてhitting(殴る)、slapping(ひっぱたく)、teasing(からかう)、taunting(あざける)、stealing or damaging belongings(持ち物を盗んだり壊したりする)という直接的な方法と、spreading rumors(噂を流す)とかrejecting or excluding someone(仲間はずれにする)という間接的な方法がある。
全米の6~10年生(日本の小学6年~高校1年)1万5千人以上を対象とした2001年の調査では、全体の13%が他の生徒をいじめ、11%がいじめの対象になり、さらに別の6%がその双方に該当。また、いじめは6~8年生に集中し、女子生徒より男子生徒の間で頻発する傾向があるという。
 学校でのいじめの結果は重大だ。アイオワ州の8年生だったカーティス・テーラー君は、3年間に渡って様々ないじめを受け、1993年3月に自宅で拳銃自殺した。この事件は、著名コラムニストのボブ・グリーンがコラムで取り上げたこともあって、学校関係者に大きな衝撃を与えた。以後、bullyとsuicide(自殺)を組み合わせたbullycide(いじめ自殺)という言葉が生まれた。
 1990年代以降、米国ではschool shooting(学校での銃乱射事件)が頻発するようになる。コロラド州コロンバイン高校での乱射事件(1999年)では、生徒の多くが事件の背景にいじめがあったと指摘。学校でのいじめが暴力をともなう復讐に発展して、大惨事を引き起こすことにもなりかねないのだ。
 いじめは、かつて成長過程の1現象と見なされていたが、メディアが大々的に報じた結果、被害者への世間の同情が高まってきた。最近では、いじめを受けた生徒の家族が、いじめた生徒やその家族を相手取って損害賠償請求訴訟を起したり、学校や教師の監督責任を追及したりするケースが増加している。
 ところで、オックスフォード英語辞書(OED)によると、bullyの語源は中世オランダ語のboeleで、1538年に遡る。sweetheart(愛人)やbrother(兄弟)を表す名詞だったが、17世紀を通して意味が劣化。最後はruffian(悪漢)やpimp(売春婦のヒモ)にまで成り下がり、1710年には「弱い者いじめをする」という動詞になった。「可愛さ余って憎さ百倍」といったところだが、人間は環境に従って堕落し、いかに卑劣になれるかを象徴しているようでもある。The Sankei Shimbun(November 12 2006)