2012年8月2日木曜日

n-word

Illustrated by Kazuhiro Kawakita


 n-wordは、nを頭文字にした単語という意味。カタカナ読みは「エヌ・ワード」。f-wordが意味するfuckと同様に、nで始まる禁句を婉曲的に表現しているが、ここではniggerあるいはniggaで、黒人に対するracial slur(人種差別的表現)のこと。nの付く単語はほかにもたくさんあるから、使うときは定冠詞のtheを付ける。
 ニューヨーク市議会の人権委員会は2007年2月26日、全会一致でn-wordの使用を禁止する決議を採択した。趣旨は「人種差別を助長する表現を自粛すべきだ」というもので、PC movement(差別廃止を訴える政治的正当性の運動)の1つ。
 興味深いのは、今ごろなぜ、こんな決議が採択されたのか、ということ。この言葉が〝禁句〟であることは世界中の人が知っており、〝使用自粛〟は言わずもがな、ではないのか?
 実はn-wordは、白人などが黒人に対して使う場合は禁句であるが、黒人同士の間では禁句とは見なされず、“Dear My Nigga”などと親しみを込めて使われることさえある。ところが、こうした内輪の表現が、ラップ・ミュージックの歌詞や映画などに頻繁に登場するようになって、黒人の若い世代が何の抵抗もなく使うようになってきた。これまで人種差別と闘ってきた旧世代の人たちは、このトレンドに愕然としたのである。n-wordを廃止する運動が高まり、各地で議論が起っている。
 言語学者のジニーバ・スミザマン女史は著書“Black Talk”のなかで、n-wordが問題になるのは奴隷制(enslavement)の歴史と深いつながりがあるからだ、と指摘する。niggerの語源はスペイン語で「黒」を意味するnegro。ポルトガル人の奴隷商人が、アフリカから運んできた黒人奴隷を指して使ったのが始まりだ。黒人奴隷自身は自分たちを“Colored”(有色人種)と呼び、この表現は19世紀を通じて使われたという。“Negro”が主流となるのは20世紀に入ってから。niggerはその派生形だが、マーク・トウェインの「ハックルベリー・フィンの冒険」(1876年)にも盛んに登場するので、それ以前からずっと使われてきたようだ。
 1960年代に黒人の人権運動が盛んになり、“Negro”に代わって“Black”が登場する。1968年に国民的ソウル歌手のジェームズ・ブラウンが、“Say It Loud-I’m Black and I’m Proud”(大声で言え、俺はブラックさ、これが誇りだ)と歌ったのが、決定的な方向転換を促した。だがその後、1988年に“African American”(アフリカ系アメリカ人)と呼ぼうという提案が人権団体から出され、米国政府の人種分類の正式な用語となって現在に至っている。
 “African American”に対して、「苦闘の歴史を表していない」などさまざまな批判が黒人の間にある。“Black”か、あるいは、また“N-word”か、人種にどんな〝ラベル〟を貼るのか論争は尽きない。The Sankei shimbun(March 25 2007)