Illustrated by Kazuhiro Kawakita |
“The hurt locker”は、2010年の米アカデミー賞の作品賞を受賞した映画の題名。邦題もカタカナ読みで「ハート・ロッカー」だが、“What is a ‘hurt locker’?”(ハート・ロッカーとは何か)という疑問がアメリカで巻き起こっている。
映画は、イラクを舞台に、反政府武装勢力やテロリストらによって仕掛けられたroadside bombs(道端に仕掛けられた爆発物)を取り除く米軍の爆発物処理班(EOD)の物語を描いている。“War is a drug.”(戦争は麻薬だ)―最初に現れるこの言葉は、処理作業にのめり込むあまり、周囲を危険に陥れる主人公の“戦争中毒”ぶりを示す。
脚本を書いたマーク・ボール氏は、2004年末にバグダッドで記者として米軍に加わり、EODを取材した経験を持つ。彼はニューヨーカー誌(昨年7月10日付)のインタビューに答えて、“If a bomb goes off, you’re going to be in the hurt locker. That’s how they used it in Bagdad.”(もし爆弾が爆発したら、ハート・ロッカーに陥る。バグダッドではそんな風に使っていた)と述べ、言葉の意味は人によって少々違うが、と前置きした上で、“It’s somewhere you don’t want to be.”(それは、居たくないところだ)と説明している。
そこで、ランダムハウス米俗語歴史事典(1997)を引いてみた。すると、hurt lockerは米軍の俗語で、起源はベトナム戦争にさかのぼるという。in the hurt lockerという慣用句として使われ、locker(ロッカー、鍵の掛かる戸だな)をbag(袋)やseat(座席)に置き換えた類似表現もある。
問題はhurtの意味。「傷つける」「痛む」という動詞では、“Where does it hurt?”(どこが痛い?)などと使うが、ここでは名詞が元になっていて、“trouble or suffering, especially deliberately or callously inflicted”(困難や苦痛、とくに意図的に、あるいは情け容赦なく課せられたもの)と定義。1971年には、米軍の訓練教官が“I’ m gonna put the hurt on you trainees!”(見習生諸君、君たちに試練を与える)と言ったそうだ。時代が下って1991年の湾岸戦争の時には、“If we don’t deal with Saddam right here…we’re all gonna be in a world of hurt.”(サダム・フセインをここでやっつけないと…われわれは皆大きな困難に陥るだろう)という表現が使われたという。
そこで、in the hurt locker, bag, or seatはいずれも“in trouble or at a disadvantage”(やっかいな状態に、不利な状況に)を指すという。だが、なぜかhurt bagやhurt seatよりも、hurt lockerがよく使われるようになった。思うに、この言葉が一番、入ったら最後、誰かがカギを開けてくれるまで決して抜け出すことができない、息詰まるような閉塞感があるからだろう。
そこで、新しい使い方を1つ。“Don’t you think this recession is a real hurt locker?”(この不況こそ真のハート・ロッカーとは思わないか)The Sankei Shimbun (March 22 2010)
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