Illustrated by Kazuhiro Kawakit |
cutは「切る」という動詞。cheeseは「チーズ」。文字通りでは「チーズを切る」だが、熟成チーズのかたまりに付いた堅い皮(rind)をナイフで切ると、ぷーんとにおう。そこでアメリカ人が連想するのはfart(屁、おなら)。cut the cheeseは「おならをする」の婉曲表現で、カタカナ読みは「カッザ・チーズ」。
ランダムハウスの米俗語歴史辞書によると、1811 年にcheeserをstrong-smelling fartの意味で使い始めた。1959年にニューヨークの学生の間で、おならをした〝犯人〟をとがめて“Who cut the cheese?”と言ったのが、熟語表現の始まりという。学生俗語だったのが、1960年代には米軍で流行。今では日常的に使われる。ちなみに、臭気ではなく「ガス」に焦点を当てた婉曲的な言い方は、break wind(風を吹かせる)、もう少し上品にするとpass air(空気を出す)。
ジム・ドーソン著“Who cut the cheese?”(1999年)は、“A Cultural History of the Fart”(おならの文化史)の副題がつく労作。古今東西の話題を満載しているが、それによると、fartの語は古英語(700~1150年)の時代からあるが、卑語として蔑まれ、長い間辞書に取り上げられなかった。1755年にサミュエル・ジョンソンが「英語辞典」で動詞として掲載、“to break wind behind”(後ろに風を吹かせる)と定義したのが画期的であった。米国では、ウェブスターのNew International Dictionary(新国際辞書)で、第1版(1909年)と第2版(1934年)までは無視されて、第3版(1961年)でやっと認知されるに至った、と解説している。
今でもfartはfuck(ファック)、shit(糞)、piss(小便)などと並ぶfour-letter word(4文字で綴る下品な言葉)とされる。辞書においても厚遇されているとは言いがたい。そこで辞書に載っていない用法を上記の本から紹介する。fartは名詞、動詞であるが、“One doesn’t just fart.”(人は単におならをするのではない)。“One lets, leaves, lays, cracks, claps, cuts, or rips a fart.”(どの動詞を使っても「おならをする」)。
ところで最近、医学の分野でfartが注目を集めている。ライヴサイエンス(2008年10月23日付)は、“The Stink in Farts Controls Blood Pressure”(おならの臭気が血圧をコントロールする)との記事を掲載。ジョンズ・ホプキンス大学のソロモン・スナイダー博士(神経科学)の研究によると、おならの不快臭の原因は腸内バクテリアの作り出すhydrogen sulfide(硫化水素)だが、実はこの硫化水素には血圧を制御する働きが認められるという。博士はこの結果を、ネズミを使った遺伝子の実験によって突き止め、今後、高血圧症の薬への応用が期待できる、と語っている。〝屁のようなもの〟とバカにすべきではない。The Sankei Shimbun (November 30 2008)